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第六感と潜在意識

神秘とは、未理解の仮称
科学とは、理解可能な範囲の記述

人間は、本来きわめて高い認識能力を持っています。
しかし、その多くは意識の表面には現れていません。

 

本章で扱うテーマは、特別な存在や選ばれた能力の話ではありません。
それは、人間がもともと備えている情報処理構造の一側面です。

 

私は、神秘を崇めたいわけでも、科学を否定したいわけでもありません。
神秘とは未理解の仮称であり、科学とは理解可能な範囲を記述する体系です。
未証明だからといって存在を否定するのも、未証明だからといって超自然に位置づけるのも、どちらも早計です。

 

人間の体験は、常に理論の先を進みます。
科学はその体験を検証し、共有可能な形に整えてきましたが、まだ記述しきれていない領域も確かに存在します。

 

だからこそ、未理解の領域を軽視せず、同時に神格化もしない。

中間に立つ視点、それが本章における私の立ち位置です。

意識と無意識の働き

 

私たちは日常的に「自分で考えている」と感じています。

言葉を選び、理由を組み立て、判断している主体が自分である、と。

 

しかし、明確に自覚できる思考の範囲は、想像よりもずっと限られています。

 

自覚できるのは、

言語として整理されたもの、

意図的に選び取ったものだけです。

 

その背後には、

自覚されることのない広い処理の領域があります。

 

そこでは、まだ言葉になっていない情報、

意味づけされる以前の動き、

形を持つ前の変化などが扱われています。

 

私たちが「考えている」と感じる内容は、

その広大な処理の一部が表面に現れた結果にすぎません。

 

この二つの働きは質が異なります。

ひとつは自覚できる思考の層、

もうひとつは自覚に先立って動いている層です。

 

この二つの働きは、一般に
顕在意識と潜在意識と呼ばれています。

以下では、その一般的な理解に沿って用語を整理します。

 用語の定義

 

■ 顕在意識(Conscious Mind)とは

いま自分で自覚している思考や判断の領域。
言葉で考え、理由を説明し、意図的に選択している部分。

自分が「考えている」と認識できる範囲が顕在意識です。

■ 潜在意識(Unconscious / Subconscious Processing)とは

自覚できないまま働いている情報処理領域。
感覚や記憶をもとに、常に自動的に判断や調整を行っている部分。

普段は直接触れることが難しく、
自分でコントロールしている感覚もありません。

意識の外側で働いている領域が潜在意識です。

ここからは、これを土台とし、私自身の体験を通して得た理解を交えて述べていきます。

 

先に述べてきたように、

人間は無意識の領域で膨大な情報を処理しています。

 

しかし、潜在意識の働きは処理能力だけにとどまりません。

 

そこには、五感とは異なる情報を受け取る側面も含まれています。

 

潜在意識の働きは、すべての人に備わっています。

 

本章で扱う「第六感」は、

この人間に共通する潜在意識の構造に関わる働きです。

 

特殊能力と呼ばれてきた現象もまた、この構造の現れ方の差です。

第六感の定義

 

一般に第六感は直感や予感と説明されます。

しかし、それは現れ方の説明に過ぎません。

 

第六感とは、潜在意識が持つ情報収集能力です。

 

それは五感とは異なる系統の入力であり、

顕在意識が直接アクセスできるものではありません。

 

私たちは五感を通して世界を認識しています。

しかしそれとは別に、意識にのぼらない形で取り込まれている情報があります。

 

第六感が収集しているのは、不可視の層に属する情報です。

 

それは、現実としてまだ形を持っていない段階の情報、

他者の内面に関わる情報、

すでに現実に存在していながら、肉体の視覚や聴覚では直接観測できない情報、

そして自己の深層に属する情報です。

 

三層構造の枠組みで言えば、

精神層や高次層に関わる領域、

さらには基底世界であっても顕在意識が通常は把握できない領域が含まれます。

 

顕在意識が扱っているのは、

基底世界のうち可視化された一部に過ぎません。

潜在意識の働き

潜在意識は、顕在意識の認識が追いつけない速度で処理を行います。

 

顕在意識が既存の知識をもとに考えるのに対し、

潜在意識は既知の枠や社会的前提に縛られず物事を処理します。

 

そのため、顕在意識から見ると、既存の理解を越えた発想が生じることがあります。

 

潜在意識の処理は、顕在意識が同時に追跡できる様式ではありません。

私たちが自覚できるのは、その統合結果だけです。

神秘性の正体

 

顕在意識が過程を把握できないとき、結果は突然現れたように感じられます。

 

説明できない判断。理由の分からない確信。予測のように見える感覚。

それは“未知の力”のように見えるかもしれません。

 

しかし実際には、入力の受信と高速処理が行われています。

 

神秘的に見える現象の多くは、顕在意識が処理速度に追いつけないことによって生じます。

 

神秘とは、未理解の仮称です。

それは超自然の証明ではなく、顕在意識の理解範囲を越えた形成過程を指しています。

 

その過程は、意識に見えないまま保持され、次の働きへと引き継がれます。

記憶の選択性

 

潜在意識は、すべてを同じ重さで保存しているわけではありません。

 

現在、そしてこれからの自分に深く関わるものほど、強く残ります。

 

一方で、役目を終えた情報は、たとえ強い体験であっても次第に薄れていきます。

 

忘れたと思っていたのに、何度も浮かぶものがあります。

 

それは偶然ではありません。

 

無意識は、情報を選別し続けています。

 

この選別は、日常の感覚や判断のかたちで現れます。

潜在意識の働きはどのように現れているか

 

潜在意識で行われている処理は、顕在意識の思考とは別の層で進んでいます。

 

顕在意識は、言葉を使い、論理を組み立て、意図的に判断を行います。

 

一方で潜在意識の働きは、

顕在意識が把握できない範囲の情報を扱っています。

 

その結果は、感覚や傾向として現れます。

 

・なぜか気が進まない
・理由は説明できないが惹かれる
・違和感が残る
・確信に近い感覚がある

 

そういった一般に「無意識の行動」や「無意識の感情」と呼ばれるものです。

 

顕在意識はそれを無自覚に受け取っています。

顕在意識のフィルター

 

潜在意識が選び出した方向性が、そのまま顕在意識で活かされるとは限りません。

 

顕在意識には、
社会に適応するという役割があります。

 

それは内側の理解を現実の構造へと反映する為の大切な役割です。

常識、評価、前例、合理性。

そうした社会的な基準があるからこそ、内側の理解は外の世界で形を持つことができます。

 

しかし多くの場合、顕在意識は社会的常識や過去の経験、評価への不安といった枠組みを優先してしまいます。

その過程で、潜在意識からの微細な感覚は後回しにされます。

 

潜在意識は方向を示していても、顕在意識はそれを選択するとは限らないということです。

 

違和感よりも「こうあるべき」を選び、惹かれる感覚よりも「評価される選択」を選ぶ。

 

これは意図的な拒否ではありません。
ほとんどの場合、無自覚です。

 

現代社会では、

説明可能性や再現性が強く求められます。

 

その基準に合わない感覚は、軽視されやすい。

 

結果として、
本来は活かせるはずの方向性を、自ら切り捨てている場合が少なくありません。

 

ここで問いたいのは能力の有無ではありません。

 

誰にでも潜在意識はあります。
誰にでも第六感的入力はあります。

 

違いは、
その微細な方向性に気づき、

どこまで尊重できるかです。

意味もなく無性に惹かれるもの、それがどれだけの重要性を持っているか理解しなければいけない。

 

逆になんだかいやだ、しっくりこないなら立ち止まり深層にある原因を考えましょう。

 

しっくりくる確信があるなら顕在意識が理解出来なくても進めばいい。

 

顕在意識で考える、あーだからこーだからという理由よりもそれは時に正確です。

 

理由のない感情にもっと目を向けましょう。

睡眠と潜在意識

 

潜在意識の働きは、常に続いています。
しかし、顕在意識の活動がほぼ停止する睡眠中、言語による整理や社会的判断は休止し、潜在意識はその処理をより深く進めます。

 

日中に受け取った膨大な情報は、
睡眠中に再配置され、関連づけられ、不要なものが整理されます。

 

翌朝の状態は、この処理の質に大きく左右されます。

 

睡眠が不足すると、処理が途中のまま積み重なります。
その結果、
潜在意識から浮かび上がる方向性が
曖昧になったり、断片的になったりします。

 

処理は行われていますが、
整った形で顕在意識に現れにくくなります。

 

夜になれば眠り、
朝になれば起きる。

 

適切な睡眠時間と環境は、
思っている以上に人生の質に影響します。

 

これは精神論ではなく、情報処理の問題です。

夢は、睡眠中に進んでいる処理の一端が、
何らかの形で表面化している可能性があります。

 

潜在意識の処理は、顕在意識のように言語を中心に組み立てられているわけではありません。
それは、イメージや関係性の構造として扱われます。

 

そのため、夢は直接的ではありません。
出来事が別の形に置き換えられます。

 

それは神秘的現象ではなく、
情報の圧縮形式です。

 

潜在意識には、

言語とは異なる形式で処理する側面があるということです。

 

次章の象徴では、その形式そのものを扱います。

この構造から、
夢を分析することで深層を理解できるという立場もあります。


しかし、私はそれを勧めません。

 

確かに夢は潜在意識や深層と関係を持つと考えられます。

 

ですが、
夢は直接的に語られるわけではなく、

出来事が別の形に置き換えられて現れます。

 

そのため解釈には幅が生まれ、

顕在意識の状態が整っていなければ、
そこに現在の不安や思い込みが重なってしまいます。
しかも、その重なりに自分で気づくことは簡単ではありません。

 

洞察に至ることもあります。

しかし同時に、思い込みを強化してしまう可能性もあります。

 

瞑想も同様です。

 

日常の中で繰り返し現れる自分の傾向を観察することの方が、

はるかに安定した理解につながります。

そして、夜のあいだに進んだ処理は、
朝にもっとも安定した形で現れます。

 

起床直後は、社会的判断や外部からの情報がまだ流れ込んでいない時間です。
睡眠中に整えられた状態を、そのまま扱える貴重な時間でもあります。

 

新しい発想を得たいとき、
迷いを整理したいとき、
構想を深めたいときは、
朝の静かな時間を意識してみるとよいでしょう。

本質的な幸せ

 

あなたは、

自分の中にもう一人の自分がいるように感じたことはありませんか。

 

自分ではこれが正しいと考え、

理屈も整い、

外から見ても問題がないはずなのに、

 

どこかで違和感を持っている自分がいる。

 

進もうとしているのに、

わずかに立ち止まらせる感覚がある。

 

あるいは逆に、

合理的ではないのに、

強く惹かれている方向がある。

 

それは分裂ではありません。

 

思考の層と、

それに先立って動いている層の違いです。

 

顕在意識が正しいと判断していても、

潜在意識は別の方向を示すことがあります。

 

この二つが一致しているとき、

行動は自然で、迷いは少なくなります。

 

一致していないとき、

外的には成功していても、

内側にわずかなズレが残ります。

 

充足は、成果の量ではなく、

内外の一致度によって決まります。

 

顕在意識が外的評価を基準に選択を続けると、

内側との乖離が生じます。

 

他者の評価を優先し、

「評価される自分」を選び続けた場合、

外的な成果は得られるかもしれません。

 

しかし、潜在意識が示していた方向と一致していなければ、

内側は満たされません。

 

外から認められても、

内側が納得していなければ、

その充足感は長く安定しません。

 

満たされない感覚は、

さらなる評価を求める動機となり、

循環は繰り返されます。

 

何かを選ぶとき、

それが「自分を喜ばせる選択」なのか、

「評価される自分を演出する選択」なのかを見極める必要があります。

 

潜在意識が示す心地よさは、

必ずしも整っているとは限りません。

不格好であったり、不安定であったり、

合理的に説明できないこともあります。

 

しかし、そのときの自分にとって自然であるなら、

それは重要な手がかりです。

 

ただし、

単なる回避や怠惰、

顕在意識で明確に説明できる逃避とは区別しなければなりません。

 

そして、

心地よいと感じる対象は変化します。

 

同じであり続けることが正解ではありません。

 

人は変化の中にいます。

方向もまた更新され続けます。

なぜこの章があるのか

 

本サイトで扱ってきた構造の理解は、

顕在意識から出発したものではありません。

 

長時間の思考や検討は行っています。
しかし、理解の出発点は、
言語化より先に成立していました。

 

潜在意識による膨大な情報処理の末に、

ある瞬間、全体像が顕在意識に立ち上がる。

 

理論を積み上げて結論に至るのではなく、
先に構造が把握され、
あとから言語が追いつく。

 

それは、
本来は理論として整理できるはずの理解が、
感覚の段階で先に現れるような現象です。

 

ここで扱っているのは、
霊的現象や霊能力の話ではありません。
その領域について私は自己体験がなく、肯定も否定もできません。

 

対象としているのは、
人間の情報処理構造の範囲にある現象です。

 

ある科学者は、
工学的問題の完成形を内的に視覚化したと言われています。

 

ある心理学者は、
無意識に潜む象徴的構造を把握したと言われています。

 

私の場合、
それは「現在位置の把握」と「状況構造の俯瞰」、すなわち内外をつなぐ構造の可視化として現れた。

 

いずれも特別な能力の話ではありません。
この章で述べてきた潜在意識の処理や第六感的入力が、
顕在意識でよりはっきりと認識できる形で現れただけです。

 

潜在意識は常に膨大な情報を扱っています。
その結果として形成された理解が、
私の場合は比較的明確な像として自覚されたに過ぎません。

 

そして、
その対象は固定されたものではないでしょう。
理解の向かう先は、
その時々の自分の状態によって変わっていくはずです。

構造三章について

 

本サイトで扱ってきた「三層世界構造」「19年周期」「月サイクル」の構造の理解は、
本章で述べてきた潜在意識の働きによって
全体像として把握されたものです。

 

しかし、
この章でも述べてきた通り、その把握と、それを言語化する過程は容易ではありません。

 

潜在意識によって形成された理解が妥当であったとしても、
それを顕在意識で説明する段階には、
常に解釈の層が存在します。

 

そこには、

 

・顕在意識の誤認の可能性
・理論的に再検討される余地
・個人的意味と普遍的意味の区別の必要性

 

が含まれます。

 

潜在意識の処理は言語以前の層で行われます。
それを言語で固定することは、
本質的に単純化を伴います。

 

したがって、
構造三章の内容は、言語化という観点からは、常に再検討の余地を含んでいます。

​人間は、本来きわめて高い認識能力を持っています。
しかしその多くは、日常の中で十分に活かされているとは言えません。

 

社会は発展の過程で、
可視化できるもの、測定できるもの、再現できるものに価値を置いてきました。
科学的に証明できることが信頼の基準となり、
目に見えない働きは扱いづらいものとして周縁に置かれがちです。

 

けれども、科学そのものもまた人間の営みであり、
常に更新され続ける途中の体系です。
理論や計測装置が整う以前にも、
人は感覚によって異質性や方向を捉えてきました。

 

科学はそれを否定するものではなく、
後から検証し、整理し、共有可能な形にしたものに過ぎません。

 

多くの発見は、まず「何かが違う」「何かがある」という感覚から始まります。
方向を生むのは、理屈よりも先に生じる気づきです。

 

本章で述べてきたのは、
その感覚の正体を、構造として捉え直す試みでした。

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